2022/04/25 22:26


傾斜地が育む美味しさ

霊峰剣山系に抱かれた 徳島県美馬郡つるぎ町。
2005年に半田町・貞光町・一宇村が合併してできたこの町、場所によっては40度もあるような傾斜地で日々の暮らしが営まれています。平坦で固いアスファルトに慣れてしまっているとイメージがわきませんが、つるぎ町やその周辺の地域では、傾斜地をそのまま活用したシステマチックとも言える農耕と暮らしが何代も続いてきました。

丸ごとではなくカットして干した干し柿も、急な斜面で育てられた愛宕柿で作られます。
愛媛県周桑郡が原産とされる愛宕柿がいつ頃からこの地で栽培されるようになったのか、この干し柿を誰が始めたのか気になるところですが、傾斜地農耕システムもこの干し柿も、今も変わらず受継がれていることにとても大きな価値があると思うのです。

とは言え、美味しいかどうかは重要です。
今は海外からのドライフルーツも豊富だし、電子レンジや食品乾燥機で簡単にドライフードが作れますが、海外からのものや大量に加工されたドライフルーツには砂糖や添加物が含まれることも少なくありません。家庭で作るドライフードは、育った土壌の違いと乾燥の加減で美味しさが違います。

どんな土壌で育てられたかによるもともとの美味しさと、お天道様の恵みが加わって、砂糖や添加物を使わなくても十分美味しく日持ちのするドライフルーツになると思うと、自然の恵みと農家さんの知恵のありがたさを感じます。ちなみに、干し柿は平安時代中期の法典「延喜式」に祭礼用のお菓子として登場します。電気のなかった時代から続く食文化なのです。





渋柿なのに美味しい愛宕柿の秘密

日本にはなんと49種もの柿があり、そのうちの25種は渋柿です。それぞれに特徴はありますが、愛宕柿は完全に渋みを抜くことが難しい頑固ものらしく、主に干し柿にされることが多かったのだとか。渋みを抜くのに10日から14日ほどもかかるそうで、生食できる愛宕柿も時間をかけて渋みを抜いているからこそ美味しく食べられるのです。

渋みを抜けば、どの渋柿も甘くて美味しいわけではありません。
品種による違いはありますが、愛宕柿の場合は頑固な渋さが美味しさの秘密でもあります。

生の柿もですが、干し柿にある黒い点や黒い筋のようなもの。渋みの原因でもあるタンニンが変化したものである黒い点は、渋みが抜け甘くなっている証。ということは、もともと渋みの強い愛宕柿の渋みが抜けると、とても甘くなるということです。プラス、天日に干すことで水分が抜け成分が凝縮されるので、さらに甘く美味しくなる。

ですがこれも、愛宕柿なら全て美味しくなるわけではありません。
いろいろな農家さんの作物を食べてみて、同じものなのに味が違うと思ったことありませんか。
この違いは育てかたです。どんな土壌で、どんな育てかたをするかによって美味しさが違います。この違いは加工しても誤魔化せない。この傾斜地で育つからこその美味しさが、つるぎの干し柿の美味しさの秘密なのです。

残念なことにあらゆる食べ物が溢れていた日本では、この味の違いをわかる人はそんなに多くないかもしれません。日本より10年以上も前から再生可能エネルギーへのシフトとともに、持続可能な農業政策を進めてきたEU諸国、英国に比べると、日本はかなり遅れています。食料自給率の低いこの国で今もこれからも必要なことが、何世代と継がれてきた農法と加工技術に詰まっている。その一つが、つるぎ町やその周辺の傾斜地農耕システムであり、代々継がれているこの干し柿ではないでしょうか。


続きは次回…
トップの画像は、徳島剣山世界農業遺産推進協議会サイトよりお借りしました。
https://giahs-tokushima.jp/